重炭酸入浴剤について

重炭酸入浴剤について

こういうものです。おしなべて普通の入浴剤と比較するとお高いですよね。1回あたり216円くらいしていたり。
Twitterで「ヤバい効果がある」とか、「化学を知らないと搾取される」とか、最近何かと話題ですよね。
私も完全に理解はできず、できる限り妥当性を突き詰めたのみです。ご鞭撻の程よろしくお願いします。

個人的な感想

確かに効果を感じます。だけど私には気持ち良い効果ではありませんでした。
40℃程度のぬるいお湯に錠剤を3粒投げ込みます。泡立ちは慎ましげで香りもなく、効果があるようには思えませんでした。
しかし入浴後5分経った頃からまず息が上がってきました。そして動悸もです。全力疾走した後みたいに心臓が打ってました。たぶんBPM125くらいあったはずです。
15分耐えて上がってみると体の皮膚が薄いところに発赤が認められ瘙痒感もあります。
その日は徹夜したので安眠がどうとかは全く分かりませんでした。

人体に対する作用について

作用は「人体が酸素の濃度18%未満である環境におかれた場合に生ずる」酸欠によるものではありません。最近の浴室は気密度が高いので二酸化炭素が滞積することもあるでしょうけど、身動きしたらその程度は飛ぶように思えます。
確かに酸欠と言えば酸欠でしょうけど、それだったら二酸化炭素がより激しく発生する普通の発泡入浴剤の方が酸欠に陥りやすいのではないでしょうか。
正しくは細胞外液の酸塩基平衡に、もっと正確には炭酸-重炭酸系に対する作用と言うべきです。
重炭酸イオンが体内で増えるとルシャトリエの原理に従ってガスの二酸化炭素濃度が上昇します。すると延髄の化学受容器がそれを感じ取って人体は呼吸数を増やしたり、心拍数を上げたりしてこの状態を是正します。それによる血圧の上昇で伸展刺激を受けた血管内皮細胞は一酸化窒素を分泌して血管を拡張させます。
アシドーシスやアルカローシスの線も考えたんですけど、健康な人体の緩衝作用はそこまでヤワじゃないと思います。嗜眠だとかはそれっぽいですが。
さて人体のバランスを敢えて崩そうとするこれが体に良いのか悪いのか。大気の酸素濃度は変わりないのに酸素をより取り込もうとしたり、心拍数を上げたり血管拡張させて血行を改善したり。そんな効果はあると思います。
結局は更なる研究が必要ですね。アスリート方面、スポーツ科学が研究を進めているはずです。それで信頼できる論文が出るかどうかは分かりませんが。
なお重炭酸イオンが本当に皮膚から吸収されるのかどうかについては入浴剤に含まれる酸素を標識して、入浴後に呼気からトレーサーが検出されるか調べればいいと思います。

成分について

クエン酸炭酸水素ナトリウム。この2つで発泡入浴剤は作れます。混ぜるとすぐに炭酸ガスが上がってきます。シュワシュワと楽しげです。
これと高い重炭酸入浴剤が変わりないと言うのでしょうか。化学が分からない私は搾取されているのでしょうか。
さて重炭酸入浴剤にはどれも中性と銘打ってあります。実際にpHを測ってみると公称の通りpH6.35前後(11℃)です。中性と言えば中性寄りです。
そもそも重炭酸イオンを得るだけなら炭酸水素ナトリウム炭酸ナトリウムでも入れればいいでしょう。なぜクエン酸なんか入れてるんでしょう。
まず水に溶解した二酸化炭素の一部は水分子の付加により炭酸となり、更にその炭酸は水溶液中で2段階の解離をして炭酸、重炭酸イオン、炭酸イオンのどれかになっています。どれもどれくらいかは存在しています。

\(CO_2(aq)+H_2O(l) \rightleftharpoons H_2CO_3(aq)\)
\(H_2CO_3(aq) \rightleftharpoons HCO_3^-(aq)+H^+(aq)\)
\(HCO_3^-(aq) \rightleftharpoons CO_3^{2-}(aq)+H^+(aq)\)

どうして解離するのかは標準エンタルピー変化やらギブス自由エネルギー変化やらエントロピー変化やらしんどいのでやめます。分かりません。
さて重炭酸イオンと炭酸イオンの存在比はpHによって変化します。比率が1対1になるときのpHは分かっていて、そのまま酸解離定数です。つまりpH10.33ですね。
そして重炭酸イオンと炭酸ガスの存在比もpHによって変化しますが、1対1になるときはpH6.35です。なにか気付きませんか?
そう、私が測定した重炭酸入浴剤を入れたお湯のpHです。つまりそういうことですね。
ちなみに一般的な発泡入浴剤のpHを測ってみるとpH5.27(25℃)程度です。ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式と平衡を考えるとやはりガスとして炭酸が抜けていくでしょうね。

ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式
\(pH = pK_a +log\frac{[A^-]}{[HA]}\)

これが重炭酸入浴剤と一般的な発泡入浴剤の違いです。
しかし理論的にはpH8.34で最も重炭酸イオンが多くなるはずです。なぜそうしないかを考えると緩衝です。pH8.34をピンポイントで保つのは難しく、ちょっとしたことでpHがどちらかに傾きはじめます。
ところがpH6.35のときとpH10.33のときでは緩衝能が最も大きくなります。つまり多少の酸や塩基が加わってもpHが大きく変化しません。これは浴槽の容量の違いで効能に差が出ないようにする意味もあるでしょう。
クエン酸炭酸水素ナトリウムだけでなく炭酸ナトリウムも使っているのは炭酸水素ナトリウム炭酸ナトリウムの緩衝能も狙っているような気がします。じっくり効かせるのがどうもミソみたいです。
pH10.33ではない理由としてはアルカリ性の湯船に長らく浸かっていたら皮膚の油脂が溶けて荒れやすくなると思います。これではぬる湯で15分以上浸かることを推奨できません。
なので重炭酸入浴剤はpH6.35になるように設計されていると考えられます。

実験

ここで以上のことを踏まえた実験をしてみます。
簡単です。pHを測りながら炭酸水素ナトリウム炭酸ナトリウムを溶かした水溶液をクエン酸でpH6.35までもっていくだけです。
緩衝液の調製みたいなものですが、何回も失敗しています。ビュレットが心底欲しいと思いました。
セスキ炭酸ソーダ炭酸水素ナトリウム炭酸ナトリウムが1対1で含まれています。炭酸ナトリウム単体を使うべきでしたが、なにぶん貧乏性なもので100円ショップで売っているセスキ炭酸ソーダを使いました。
結果は以下の通りです。

6.35

よって水287ミリリットルに対してセスキ炭酸ソーダ5.09グラムとクエン酸2.71グラムで重炭酸浴ができます。
さてセスキ炭酸ソーダは掃除用ばっかりで、食品添加用のものは見かけません。ちょっと入浴剤として使いがたいですね。
そしてこれは濃すぎです。これでお風呂用にそのまま換算したら522.65倍でクエン酸1.5キログラムとかとんでもないことになります。
しかしこれは緩衝液なので、わりと薄めてもpHはほぼ変わりません。あまり薄めすぎると緩衝能が弱くなって中性に近くなっていってしまいますが。
ここで製品化されているものを参考にしてみましょう。だいたい1回あたり45グラム程度が使用されます。
炭酸水素ナトリウム:炭酸ナトリウム:クエン酸をモル比で1:1:1.053で使うと良い具合になるはずなので合計45グラムになるように計算をします。

このようになりました。次にコスト計算をすると1回あたり60円になります。市販の重炭酸入浴剤が1回あたり216円することを考えるとお得ですね。完全な同等品とは思えませんが。
一番確実なのは3つ等モルで混ぜて40グラム程度をお湯に溶かし、pH計で確認しながらクエン酸炭酸水素ナトリウムでpH6.35に調製することです。たぶんその間に湯冷めしちゃいますね。
pH計だって最低でも1000円くらいします。だったら大人しく、ある程度安全が担保されていて手軽な市販の入浴剤を買った方がいいと思います。

2019年1月11日追記

上記の考察を用いて掃除用のクエン酸セスキ炭酸ソーダで実際の湯船に溶かしたところ、pH5.56となり失敗しました。
結局pH計を見ながらセスキ炭酸ソーダでpHを調整しました。
やはり温度で解離度が変わって、上記の室温での実験はそのまま当てはめられないみたいです。
もう何度か試してみたところ、40℃のお湯にクエン酸:セスキ炭酸ソーダを1.1±0.1:2.4±0.2でpH6.35~7.00に収りやすくなる気がします。
安全性を考えると酸性側にすべきですが、重炭酸泉を重視するならアルカリ性側になるので悩ましいものです。

参考文献

J-STAGE Articles - 04生−25−ポ−16 重炭酸入浴が抹消血管血流量と入眠潜時に及ぼす影響
J-STAGE Articles - 泉質別にみた温泉の効果
Primers of Nephrology-2 酸塩基平衡
J-STAGE Articles - 新たに開発された重炭酸塩測定キットの基礎的性能評価と変動要因の解析
J-STAGE Articles - 心機能に対するpHの効果
呼吸の生理学
pH曲線とアルカリ度

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