より再現度の高い代用チョコレートの製造

より再現度の高い代用チョコレートの製造

緒言

バレンタインです。なのでチョコレートを作りました。とはいえ誰もがやっているようなカカオ豆からのチョコレート製造はしません。
代わりに代用チョコレートを作ろうと思います。戦時中、カカオの輸入が断絶している際に日本で流通したかもしれない代用チョコレートです。

これまで海底クラブ氏によって代用チョコレートが試作されていますが、しかし粉っぽさやモソモソ感が課題になっています。
また脱脂大豆粉やオクラの種など人間が食するに適さない材料の使用が考えられます。
よって今回は乳鉢でセコセコ頑張ることによる粉っぽさの改善と入手性を考慮した食材で代用チョコレートを作ります。

材料

代用チョコレートのレシピは1958年発行の日本チョコレート工業史に記載されているようです。私は運良く図書館から借りることができました。

ココア豆代用品研究会は1941年8月21日に第1回会合、その後9回の会合と個々の打ち合わせ数十回を経た末に同年12月3日に「チョコレート代用品研究報告」を完成させました。どうやら甘味は士気に関わるようです。

チョコレートが大まかに言ってココアバターでカカオマスその他を固めたものと言えるように、ココアバターとカカオマスそれぞれで代用品が考察されています。

ココアバター代用品

手で溶けず、口内や直腸内でなめらかに溶ける特性はココアバターの融点(32.8℃)とシャープな融解特性によるものです。
必然的に代用品も融点と融解特性ベースで探され、以下の候補が挙げられています。

  1. ラミオール
  2. 大豆エチルエステルの硬化油
  3. ヤシ油の脂肪酸のグリコールエステルの硬化油
  4. イソカカオバター
  5. ヤブニッケイ脂

(1)から(4)まで硬化油です。金属触媒などを使って\(cis-\)不飽和脂肪酸の水素化をして融点を上げてます。
食用の硬化油は廃盤などで見つかりませんでした。トランス脂肪酸排斥の流れを受けていると思います。

水素化されていないヤシ油ならありますが、融点が24.6℃であと一歩及ばない感じです。
白金触媒があるので、アルミニウムと水酸化ナトリウムで発生させた水素とヤシ油の蒸気を接触させてどうにか水素化するのも考えましたが危険すぎます。あまり家を燃やしたり爆発させたくありません。
しかし水素化された植物油脂とは要するにマーガリンです。

よってマーガリンを使うのが妥当でしょうが、トランス脂肪酸が人体に有害らしいので嫌です。それにマーガリンは大抵が有塩です。
なので融点が37.3℃のパーム油(ショートニング)にヤシ油を添加して融点を下げたものを使います。
というか、そもそもこれが現代におけるマーガリンの製法です。油脂全量を水素化しているマーガリンは少ないです。
もっと言えばトランス脂肪酸ばかり敵視したところで全く意味はありません。
Intake of saturated and trans unsaturated fatty acids and risk of all cause mortality, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: systematic revi... - PubMed - NCBIによるとトランス脂肪酸と死亡・心血管疾患・2型糖尿病のどれとも関連が見受けられないとしています。
トランス脂肪酸の避忌か、パーム油の需要増大に関連した持続不可能な農業が拡大を許容するか、どっちを取るかはお任せします。

今回はパーム油とヤシ油を8対3くらいで混ぜたものを使用します。

カカオマス代用品

カカオの芳香は独特です。J-STAGE Articles - ビターチョコレートの香りと嗜好の関係についてによると2-フェニル-5-メチル-2-ヘキセナールが主にココアの香りのようです。

2-フェニル-5-メチル-2-ヘキセナールを合成するとなると、フェニル酢酸エチルから始めて酢酸と臭素で臭素化の後にトリフェニルホスフィンでリンイリドにし、イソバレルアルデヒドとウィッティヒ反応、そしてDIBALを用いてエステル部分をアルデヒドに還元して合成できると思います。

それはさておき代用品にその香り成分が含まれているのか、私には検討もつきません。しかし先人の知恵を信じてみようと思います。

研究報告には以下のように候補が挙げられています。

  1. ゆり根
  2. チューリップ球根
  3. オクラ種子
  4. 脱脂大豆粉
  5. 決明子
  6. チコリ
  7. キクイモ
  8. エンドウ豆
  9. 脱脂落花生粉
  10. 小豆
  11. 大麦
  12. サツマイモ
  13. ジャガイモ

最終的に入手性から次の通りにまとめられました。

材料 第1案 第2案
百合球根または
チューリップ球根
30% 30%
決明子または
オクラ豆
20% 30%
脱脂大豆粉または
脱脂落花生粉
50% 40%

チューリップ球根は日本で食用のものを見つけられませんでした。そこら辺に生えているチューリップを採って食べると窃盗・住居侵入罪で逮捕され起訴されるだけでなく、チューリップに含まれるチューリピン・配糖体・レクチン・残留農薬で中毒に陥る場合もあります。
やめましょう。ゆり根を使用します。乾燥したものが売られているのでそれを使用します。

オクラ豆はどうやらオクラの種子みたいです。園芸用ばかりで食用に適するオクラの種を見つけられなかったので決明子を使います。
決明子はエビスグサの種子で漢方生薬、というよりは民間薬の1つで目や腸に作用があります。

脱脂落花生粉は市販のお菓子に含まれていますが、家庭向け販売は見当たりませんでした。
脱脂大豆粉は大豆油を絞った後の副産物です。肥料用の発酵大豆油かすが購入できますが、私は植物ではないので却下です。せめて飼料用です。とか言ってると飼料用大豆油かすもありました。勘弁してください。
人間の食用としてはJ-オイルミルズや昭和産業が業務用として販売されているようです。しかし最低でも10キログラムから買わされます。
家庭向け販売はなく、販売して頂いたとして10キログラムは多すぎです。脱脂大豆粉の入手はできないのでしょうか。
脱脂と大豆の2つからヒントを得て、口に合わなくて消費が滞っているプレーンのソイプロテインを使おうかとも思いました。
しかし大豆ミートの原材料が脱脂大豆です。焙煎の工程がある以上、顆粒状になっている大豆ミートは好都合です。

なお、今回は決明子が決定的に余りそうなので決明子の割合が多い第2案を採用します。

配合

以上の代用品を元に、チョコレート全体の配合は以下の通りです。

品名 ミルクチョコレート代用 スイートチョコレート代用 被覆チョコレート代用
カカオマス代用品 10~15% 10~15% 10~15%
代用油脂 26~29% 28~31% 33~36%
粉乳 15~16% - -
粉糖 40~55% 54~62% 49~57%

今回はミルクチョコレート代用を作ってみようと思います。できるだけ美味しいものがいいので。

粉乳はスキムミルクだと高級な味がすると思うので、脱脂粉乳に近いホエイプロテインを使用します。

粉糖は粉砂糖……ではないと思います。当時、ショ糖(スクロース)を主とする砂糖は統制品なので入手困難のはずです。
そこで1941年当時の糖に関する論文を検索してみると、デンプンから作られるデンプン糖という記述があります。
「澱粉糖」です。これはつまりグルコースのことを指しています。
工業化されていたかどうかは分かりませんが、1941年の時点で麹菌糖化酵素(麹アミラーゼ)による糖化が報告されています。それ以前では工業系の雑誌で硫酸を使った収率の悪い酸糖化法が、また麦芽ジアスターゼを使った麦芽糖化法が紹介されています。
当時からデンプンからグルコースを作ることは十分にできたはずです。砂糖より統制が緩く、人工甘味料の他では甘味料として主流だと考えられます。
よって粉糖としてグルコースを使用します。

最終的な分量は以下の通りです。

材料

品名 分量
乾燥ゆり根 10.8グラム
ほうじ はぶ茶(決明子) 10.8グラム
大豆ミート 14.4グラム
カカオマス代用品合計 36グラム
- -
パーム油 60グラム
ヤシ油 24グラム
代用油脂合計 84グラム
- -
グルコース 135グラム
ホエイプロテイン 45グラム
代用チョコレート合計 300グラム

レシピの解釈が終わったところで実際に調理をします。

方法

大まかに言えばゆり根・決明子・大豆ミートを焙煎・粉砕し、混合油脂・グルコース・ホエイプロテインと混ぜて固めます。

カカオマス代用品の下準備

焙煎

ゆり根と大豆ミートはアルミ製の雪平鍋で順当に焙煎され、決明子は既に焙煎済みです。
焦げがついた時点で止めました。

焙煎

粉砕

粉砕工程は重要です。J-STAGE Articles - 口腔内粒子感覚と食品特性によると、人間の舌は20マイクロメートルの粒子まで知覚できるようです。
なめらかなミルクチョコレートのためには粒子径を最大65マイクロメートルに抑える必要があるようです。

コーヒーミルで潰すと粒子径は良くて500マイクロメートル程度です。乳鉢を使って地力でやると大変です。
ボールミルが欲しいです。作ろうかと思いましたが色々と厳しくて断念しました。クソザコです。

それに、誰かが言っていました「最強の粉砕機は人間と乳鉢だ」と。

仕方がないので手回しコーヒーミルで原料を事前に砕き、比率通りに混ぜ、そこから乳鉢で磨り潰します。
粉末X線回折測定法での試料調製の気持ちです。

最も簡単だったのが大豆ミート、次にゆり根、そして決明子が最も固かったです。

粉砕

分級すべきなんでしょうが、メッシュの細かいふるいも振とう機も所有していません。
せめて250メッシュのふるいがあれば良かったんですが、費用と納期の都合で断念しました。

普通の粉ふるいを使いましたが多少の効果はあり、どうしても砕けなかった決明子の外皮が多少は除去できました。

混合

まずパーム油とヤシ油をステンレスボウルに入れ、55℃で湯せんをして溶かします。
湯せんにはサーモスタット電熱調理器を組み合わせた簡易電気水浴が便利でした。
交流100ボルトの感電や家を燃やすリスクと引き換えに、何も考えず湯せん温度を一定に保つことができます。
もちろんズレがあるので赤外線温度計での確認は必須です。

油脂が完全に液化したら所定の材料を順次加えます。
カカオマス代用品はブドウ糖に分散して、粉ふるいにかけながら加えました。
ホエイプロテインはブドウ糖分散カカオマス代用品を加えた後に、同じくふるいに粉かけて加えました。

そしてスパチュラ2本を使って練り混ぜます。ここに自転公転撹拌機はありません。
ヘラを互いにすり合わせるようにすると効率良くできます。

混合

固化

混合が終了したら固化工程に移ります。
ココアバターではないのに結晶多形を操作するテンパリングの意味があるのか分かりません。ヤシ油はテンパリング不要とあります。

しかし念のためチョコレートと同様にテンパリングを行います。50℃から26℃、26℃から32℃に温度を変化させました。

冷却は手間取りますが、加熱ではやはり簡易電気水浴が便利でした。
テンパリング後に大部分を板状に固め、一部をバレンタインらしい型で固めました。

固化

評価

食べて評価しました。

また融解特性の指標として手で握りました。その際に比較として市販の日本製ビターチョコレートと海外製のミルクチョコレートを握りました。
手の平の表面温度は27~32℃でした。

結果

ハート型

この通り完成しました。

香りは本物のチョコレートと比較すると、意外に近しい感じがします。目を閉じて頂いて拳銃を向けたらチョコの匂いと言って頂けると思います。

味は当たり前ですけどチョコレートではないです。
最初にグルコースの柔らかでキレの良い甘さの後に、脱脂大豆粉のきな粉味とふんわりした苦味を感じます。
そして余韻と言うには長いえぐ味が続きました。

和菓子のよう、とよく言われますがそれも納得です。きな粉が顔を出した瞬間に和のテイストがチョコレートを奪います。
更にグルコースの甘さが上品で和三盆を想起させます。

望んだなめらかさは得られませんでしたが、食感に関してはモゾモゾ感が軽減されたと思います。
代わりにクッキーのようなサクサクとした食感になっています。たまに取り除けなかったケツメイシをガリッ噛みます。
砂団子を食べるとこんな食感になるような気がします。見た目もそうですし、練っている間もモルタルみたいでした。

本物のチョコレートを飽きるほど食べている現代となっては違いが明白です。
しかし不味いが美味しいかで言えば決して不味くはないです。それでもチョコレートではありません。

融解の具合としては代用チョコレートは手で握ると全く形を保てないほどに柔らかくなります。
日本製ビターチョコレートは握ってもなかなか形が崩れるまで溶けませんでした。
海外製ミルクチョコレートは手で捏ねられる程度まで柔らかくなりました。
柔らかさの順は代用チョコレート>海外製ミルクチョコレート>日本製ビターチョコレートになります。

考察

もう1つの代用チョコレート

代用チョコレートは戦中期と戦後混乱期の2種類があります。戦中期のレシピはゆり根・決明子・脱脂大豆粉というゲテモノ材料のものです。
戦後混乱期のレシピは薬品用ココアバター製造の副産物であるココアパウダーとグルコースを混ぜ、硬化油で固めたものです。こちらは代用グルチョコと呼ばれています。

今回作ったものは前者です。

決明子の可能性

カカオ(Theobroma cacao)とオクラ(Abelmoschus esculentus)は共にアオイ科ですが、決明子としてのエビスグサ(Senna obtusifolia)はマメ科です。
オクラが種として近しいので採用されるのは分かります。しかしどうして決明子が採用されたのでしょうか。
決明子の成分を考えてみるとアントラキノン誘導体です。緩下剤の1つであるセンノシドが有名です。
緩下剤、チョコレート。聞き覚えがあります。exlax®やサトラックス®チョコタブなどセンノシドを配合したチョコレートです。
つまりセンノシドとカカオは味として共存していても問題ないと解釈できます。だから決明子が適合できたのだと考えられます。

もしかすると漢方チョコレート

薬で言えば百合も生薬の1つです。実はグルコースも漢方生薬の膠飴と近しいでしょう。

品名 作用
百合 消炎・強壮・滋潤・清熱・益気
決明子 消炎・緩下・利尿
膠飴 滋養強壮・健胃・鎮痛・鎮咳

なんだか漢方薬みたいです。チョコレートがカフェインやテオブロミンを含有して興奮させるに対して、この代用チョコレートは鎮静的な気がします。個人の感想です。

神秘のココアバター

手で溶けず、口の中で溶ける。先述の通りココアバターのお陰です。ではヤシ油とパーム油はどうなのでしょうか。

どうやらヤシ油はシャープですが、パーム油はバターと似て溶け方が鈍いです。
これは調理中にも良く分かって、ヤシ油が先に全て溶けた後にパーム油が遅れて溶けきりました。

やはりココアバターは特別です。チョコレートとなるに相応しい融点と融解特性を持ち合わせています。

手で握った結果ですが日本製ビターチョコレートが溶けなかったのは植物油脂、おそらくパーム油の添加が理由です。
私がパーム油にヤシ油を足して融点を下げたのとは逆のことをしています。
添加の理由は運搬や保存の利便のためでしょう。同社のミルクチョコレートには植物油脂が使われていないようですが。

意味もなく名前を伏せていましたが日本製ビターチョコレートは明治・ブラックチョコレート、海外製ミルクチョコレートはキャドバリー・デイリーミルクです。
デイリーミルクは植物油脂を使っていないので手で握って練ることができました。

今後の課題

4点ほど改善できる点があります。融解特性、粉砕、再現度、風味です。

混合によって融点を下げた油脂はどうしても融解特性が「シャープ」ではありません。最初にヤシ油が溶けようとして、いつまでもパーム油は残ろうとします。これはどうしようもありません。

原料をコーヒーミルで破砕した後に一回粉ふるいを使えば良かったと思います。
また、ふるいもできるだけ目の細かいものを使いたかったです。後になって見れば茶こしに120メッシュのものがあったのでそれを使えば良かったです。

実はバニラエッセンスが風味付けに使われていましたが、私はすっかり忘れていました。元々の報告書には書いていなかったので。
試しに固まったチョコにバニラエッセンスを僅かに振り掛けてみましたが、別にバニラの香りが加わっただけでチョコレートらしさが増す様子もありませんでした。

最後に焦げ味が強すぎた気がします。ゆり根の焦がしすぎが原因です。

結言

なにはともあれ代用チョコレートはマズくはないですけど、チョコレートとの互換性があるとは言い難いです。
その鎮静とされる作用を考えたところで売れないでしょう。キャロブなどより良いチョコレート代用品があります。

今では容易に手に入るチョコレートですが、日本では戦争で紆余曲折がありました。
今でもカカオ栽培に関係する児童労働や非持続的農業など完全なクリーンとは言い難いです。

そんなチョコレートを無駄遣いしちゃだめです。代用チョコレートは代用でしかないとはっきり分かりました。

参考文献

代用チョコレートで春を祝う - 海底クラブ
蝋・硬化油の融点一覧表
Intake of saturated and trans unsaturated fatty acids and risk of all cause mortality, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: systematic revi... - PubMed - NCBI
J-STAGE Articles - 穀實の酵素化學的研究(第14報)
J-STAGE Articles - 葡萄糖に就て(其一)
J-STAGE Articles - 飴及び麦芽糖しらっぶ製造に就て(其一)
J-STAGE Articles - 口腔内粒子感覚と食品特性
J-STAGE Articles - 油脂のテンパリング (熟成)
J-STAGE Articles - チョコレートのおいしい物理学
J-STAGE Articles - 甘味の基礎知識
Thermo-Physical Properties of Fats and Oils
Thermostability and polymorphism of theobroma oil and palm kernel oil as suppository bases

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